「避難所でカップラーメンを食べたら、匂いにつられて『分けて』と言われた」
「自分で備蓄してきた食料なのに、周りからクレクレされた」
ネットやYouTubeでは、こんな話を見かけることがあります。
でも、本当にそんなことがあるのでしょうか?
自分や家族のために準備してきたカップラーメンなら、自分で食べて当然のようにも思えます。
一方で、大きな災害が起きた直後の避難所には、着の身着のまま逃げてきて、食べ物をほとんど持っていない人もいるでしょう。
そんな場所で、温かいカップラーメンの匂いが漂ってきたら……。
今回、実際の被災者・避難所運営者の記録や公的資料を調べてみました。
すると、単純に「クレクレする人=非常識」だけでは終わらない出来事が、実際の避難所でも起きていたことが分かりました。
避難所でカップラーメンを食べると「クレクレ」されるって本当?
結論からいうと、
個人で持ってきたカップラーメンを食べていた人を見て、別の避難者が「自分にもくれ」と求めた事例は、実際の震災記録に残されています。
石川県が公開している「能登半島地震アーカイブ」には、避難所を運営した人の体験談が収録されています。
2024年の能登半島地震で、まだ物資が届くか届かないかという時期。
自宅からカップラーメンやカップうどんをたくさん持って避難してきた人がいました。
その人がカップ麺を食べているのを見た、カップ麺を持っていない避難者が、運営側に「自分にも欲しい」と申し出たそうです。
しかし運営側は、
「これは避難所に届いた支援物資ではなく、その人が個人で持ってきたものだから我慢してほしい」
という趣旨の説明をしています。
つまり、
「避難所でカップラーメンを食べていたら、持っていない人から欲しいと言われた」
という出来事そのものは、実際にあったことが確認できます。
ただし、ここは注意が必要です。
ネット上で見かける、
- 避難者が次々に集まってきた
- 大勢に囲まれた
- 備蓄していたカップラーメンを全部取られた
といった話まで、この事例が裏付けているわけではありません。
実際に確認できた出来事と、ネット上で語られている話は分けて考える必要があります。
「クレクレした人」は、その後どうした?
ここが、この記録を読んでいて特に気になったところです。
「自分にもくれ」と言った人は、そのカップラーメンを奪ったのでしょうか。
持っている人を取り囲んだのでしょうか。
確認できる記録では、そうではありません。
運営側から、個人が持ってきたものなので我慢してほしいと説明されています。
少なくとも、この証言の中では、その後に無理やり奪ったという話は出てきません。
ここまで読むと、
「非常識なクレクレが現れた」
という一言から想像していた光景とは、少し印象が変わりませんか?
まだ物資が十分に届いていない。
自分はカップラーメンを持っていない。
お腹も空いている。
そのとき、すぐそばで誰かが温かいカップラーメンを食べている。
しかも、食欲をそそる匂いがする。
そこで「自分にも分けてもらえないか」と申し出る。
そして、個人のものだと説明されたので我慢する。
もちろん、他人が自分で持ってきた食料を強引に要求していい、という話ではありません。
でも、「クレクレした人」という言葉だけでは見えなかった状況が、実際の記録を読むと見えてきます。
では、カップラーメンを食べた人が悪かったの?
これも、そう簡単には言えません。
災害に備えて、自分や家族のために食料や水を準備しておくことは大切です。
行政も、家庭で食料や飲料水などを備蓄しておくことを勧めています。
せっかく準備してきた食料を、災害時に食べる。
それ自体がおかしいわけではありません。
むしろ、
「備えていたから食べるものがあった」
とも言えます。
ところが、能登半島地震の記録には、もう一つとても興味深い証言が残っています。
運営者も「外で食べてほしい」と思っていた
カップラーメンを欲しがった避難者に対して、運営側は個人の所有物だから我慢するよう説明しました。
つまり、持ってきた人のカップラーメンを勝手に配ったわけではありません。
ところが、その運営者自身も、カップ麺の匂いについて「外で食べてほしいと思った」という趣旨の振り返りをしています。
周囲のみんなも、カップ麺の匂いを嗅いで羨ましいと感じていたのではないか、と語っています。
ここが、この話の難しいところです。
自分で用意した食料を食べること。
そして、
食べ物が十分にない人たちと一緒に暮らしている場所で、匂いの強い食べ物を食べること。
これは、別々に考える必要があるのかもしれません。
他の人もお腹を空かせている避難所でカップラーメンを食べてもいい?
今回確認した公的資料の中には、
「避難所では、個人で持ってきたカップラーメンを人に見えない場所で食べなければならない」
という全国共通のルールは見つかりませんでした。
一方で、避難所は多くの人が一緒に暮らす共同生活の場です。
避難所ごとに決められた生活ルールを守ることや、臭い・音・衛生面など、周囲の生活環境に配慮することも大切とされています。
だから、
「自分の食べ物だから、どこで何を食べても自由」
とも言い切れません。
反対に、
「他の人が食べられないのだから、自分も食べてはいけない」
という全国共通の決まりがあるわけでもありません。
誰が悪いと決めるよりも、
避難所という共同生活の中で、お互いにどう配慮するか
という問題として考える方が現実的でしょう。
じゃあ避難所ではカップラーメンをどこで食べればいい?
一番確実なのは、その避難所のルールを確認することです。
避難所によって、施設の広さや設備、避難者数、被害状況は違います。
食事をするスペースが設けられている避難所もあります。
そのため、個人で持ってきた食料を食べる場合には、
- 食事場所が決められているなら、そこで食べる
- 分からない場合は運営者に確認する
- 周囲の食料事情や匂いにも配慮する
- 外で食べる場合も、余震や天候など安全面を優先する
といった対応が現実的です。
「クレクレされたくないから隠れて食べればいい」と一律に考えるのではなく、避難所の状況やルールに合わせることが大切です。
また、カップラーメンにはお湯が必要です。
災害直後は水や燃料も貴重になるため、
「カップラーメンを備蓄する」だけではなく、「どうやって食べるか」まで考えておく
ことも必要です。
自分で持ってきたカップラーメンは、みんなに分けないといけない?
今回確認した公的資料の範囲では、
「避難所に個人で持ち込んだ食料は、他の避難者にすべて提供しなければならない」
という全国共通のルールは確認できませんでした。
実際、能登半島地震の事例でも、運営者は避難所に届いた支援物資と、避難者が個人で持ってきたカップラーメンを区別して対応しています。
だからといって、絶対に誰にも分けてはいけないわけでもありません。
自分や家族に必要な量。
避難生活が何日続くのか。
次の食料がいつ手に入るのか。
そのときの状況を見ながら、自分で判断することになります。
もし「分けてほしい」と言われて困った場合は、個人同士だけで解決しようとせず、避難所の運営者に相談する方がトラブルを避けやすいでしょう。
同じカップラーメンでも、立場を変えると見え方が変わる
ここで少し、同じ出来事を2つの立場から考えてみます。
※ここからは、実際の能登半島地震の証言そのものを再現したものではありません。災害時に起こり得る状況を考えるためのフィクションです。
カップラーメンを持っていた人
災害が起きた。
急いで家族と避難所へ逃げた。
幸い、防災バッグには水とカップラーメンを入れてあった。
何時間も経って、お腹が空いた。
「備えておいてよかった」
そう思ってカップラーメンを食べる。
すると、近くにいた人から声をかけられた。
「すみません。それ、もし余っていたら分けてもらえませんか?」
この人からすれば、
「自分の家族のために備えてきた食料なのに……」
と思うかもしれません。
カップラーメンを持っていなかった人
同じ災害。
でも、この人は着の身着のまま逃げてきた。
食料を持ち出す余裕はなかった。
避難所にも、まだ十分な物資が届いていない。
お腹が空いた。
いつ食事が届くのかも分からない。
そこへ、カップラーメンの匂いがしてきた。
見ると、食べている人がいる。
自分は持っていない。
迷った末に運営者へ、
「私にも分けてもらえませんか」
と相談する。
しかし、
「あれは、あの方が個人で持ってきたものなんです」
と説明された。
だから、我慢する。
こちら側から見たとき、その人は、
「非常識なクレクレ」なのでしょうか。
それとも、
「お腹が空いて、助けを求めた人」なのでしょうか。
同じ出来事でも、どちら側から見るかで印象は大きく変わります。
「クレクレする人は非常識」で終わらせないために
ネットでは、
- 避難所では食料を見せない方がいい
- クレクレに囲まれる
- 備蓄を取られる
といった話を見かけます。
もちろん、強引に要求する、断ってもしつこく迫る、他人の物を奪うといった行為まで肯定する必要はありません。
でも、実際の記録を調べてみて感じたのは、
「くれ」と言った人にも、その言葉を口にするまでの時間がある
ということでした。
食料を持って逃げられた人。
何も持たずに逃げるしかなかった人。
食べたいけれど我慢した人。
そして、その間に立って対応する避難所の運営者。
誰か一人を「非常識な人」にしてしまえば、話は簡単です。
でも実際の災害では、もっと複雑なのかもしれません。
まとめ|カップラーメンを備えるなら「どこで食べるか」まで考えてみよう
避難所で、個人が持参したカップラーメンを見た別の避難者が「自分にも欲しい」と求めた事例は、実際の能登半島地震の記録に残っています。
ただ、その記録では、運営者が個人の物だと説明し、勝手に他の避難者へ配ることはしていません。
一方で、その運営者自身も、食料が十分ではない状況で漂ってくるカップ麺の匂いについて、外で食べてほしいと感じたことを振り返っています。
つまり、
「自分で備蓄した食料を守ること」と、
「同じ避難所で過ごす人に配慮すること」は、別々に考えることができます。
カップラーメンを備蓄するなら、
「避難所に持っていった場合、どこで食べよう?」
まで家族で話しておくのも、一つの防災ではないでしょうか。
そして、もう一つ。
もし自分が、何も持ち出せなかった側だったら。
目の前から温かいカップラーメンの匂いがしてきたら。
そのとき、自分はどうするでしょう。
あなたなら、分けますか?
それとも、頼みますか?
参考にした主な資料
- 石川県「令和6年能登半島地震アーカイブ」避難所運営者の体験談
- 内閣府 防災情報「避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組」
- 政府広報オンライン「避難所での生活・避難所のルール」
※本記事は、公的資料や被災時の記録を参考に、避難所で起こり得る問題について考察したものです。記事内の想像場面は、特定の被災者の体験を再現したものではありません。
